2007年5月4日(金) 端午の節句
三日遅れの便りを乗せて、船は行く行く波浮港 と云う歌が有ったが今や大リーグの中継TVが目の当たりに見る事が出来る時代となっている。この世界では一時進駐軍宜しく沢山の大リーガーと称する選手がやって来た。好成績を残した者、評判倒れだった者と色々だが、不思議な事に余り我が国ではパットしなかった選手が帰国ご米国で活躍しているという事だ。我が国の緻密な野球を学びそれを資として成功しているとも聞いた。BSTVの中継を見て、本当に米国の人人は楽しんで野球を観戦すると感心するが、ベンチの中で物を食べ吐き散らす光景は頂け無い。昨年当りから気配は変り日本の主力とも思われる選手の流出が盛ん、何か国内の野球の質が変って来た感じがある。
国技とされた相撲も上位の力士は外国人に占められると云う異様な光景、相撲の品位も何のその唯荒々しさが目に着く最近の情勢に眉を顰める谷町筋も多いと思う。何やら余り芳しく無い風潮も飛び交い国技を汚している。歴史に残る大横綱が泣く。激しく変って行く男の世界に角界関係者の啓蒙が求められる。
2007年5月1日(火) 鯉のぼり
60有余年の月日が経ったが昭和19年5月食堂で行なわれた誕生会で47期生の新入生歓迎の席で力強く歌われた 甍の波と、雲の波 重なる波の中空を たちばな薫る朝風に 高く泳ぐや来いのぼり の歌声がいまだに鮮明に脳裏に残っている。時既に戦局は我に利あらず苦戦の兆明らかだったが、当時は知る由も無かった。以後数回誕生会は催されたが食料事情悪化に伴い自然消滅した。然し 武士はわねど高楊枝の喩 意気は盛んだった。夢は破れ敗戦と云う未曾有の国難がやって来た。将に臥薪嘗胆の半世紀を乗り越えて表面上は世界に冠たる経済大国になった。しかしマッカーサーの策した日本国民を軟弱かさせる方策は図に当り、天国が地獄に居るかは解らぬがマッカサー自身も吃驚する程日本人は軟化してしまった。現在のイラク情勢と比較する時その変化は宗教的異質を差し引いても甚だしすぎると考える。
戦後の半世紀戦う事の無かったと、その平和を讃える人人がいる。
然し能天気に平和の世界が当たり前と危機感を忘れ、何処に敵がいるかと、のたまう人達もいる。風に戦ぐ鯉のぼりを忘れは成らない。