近藤生徒監殿 略歴

大正  7年 8.31 福岡県久留米市 出生                          昭和27年    警察予備隊入隊
昭和 6年        福岡県立中学修猷館卒業               昭和46年    任陸将補
昭和11年        東京陸軍幼年学校卒業                昭和46年   陸上自衛隊第三教育団長
昭和12年        陸軍予科士官学校卒業 歩兵第28連隊付    昭和48年    退官
昭和14年        陸軍士官学校卒業 満州国駐屯           昭和48年    東栄建材 取り締役
昭和14年        任陸軍歩兵少尉  連隊本部 旗手         昭和53年     辰巳法律研究所長
昭和15年        任陸軍歩兵中尉 第8中隊、第2中隊付      平 成  年    退職
昭和17年        任陸軍予科仕官学校区隊長             平成12年12月21日   ご逝去
昭和18年        任陸軍歩兵大尉
昭和19年        任熊本陸軍幼年学校生徒監

                      以下 上野 隆君の追悼記より抜粋:
 
近藤生徒監殿は東幼37期生である。予科、陸士52期、予科では恩賜の銀時計に輝かれる。

任官して、福岡歩兵24連隊に配属、ほどなく現役新兵を引率して、満ソ国境守備隊に赴任、
最前線での小戦闘のかたわら初年兵教育に素晴らしい実績を挙げられた。

 その後、連隊幹候教育隊主任教官として、たぐい稀な資質を存分に発揮されたことから、
生徒監殿ご自身もまた生涯をとおして、軍学校、自衛隊、法曹研究所長として栄達を望まれることなく教育
者の道一筋に歩まれたのではなかったかと拝察している。

 予科58期区隊長では、晴れの天覧演習に総裁官小隊長として大役を果たされ勇名を轟かせた。
(六訓生には全く信じられないが、予科では 近藤勇 鬼区隊長 として勇名を馳せ生徒から恐れられたと聞く..坂口付記 )

  昭和19年春、熊幼生徒監に転じられ初めて受け持たれたのが48期われら六訓生である。...中略...

 参列者200名に余る盛大なご葬儀に私(上野)は弔辞で「生徒監殿は私ども六訓生の総てであり、
21世紀をご一緒に迎えましょうとお約束しましたのに」と、後は声にならなかった。
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