友澤幸男の部屋
温故細道             友澤幸男

月日は百代の過客にして行き交う年も又旅人なれば、故きを温ねて旅するは理(ことわり)ある道なり。遙か海を渡り六十年の歳月を経て熊本に在りし陸軍幼年校に戻る。


先ず小学校、中学二年を過ごせし北九州市八幡区に寄る。皿倉山―帆柱山の麓なり。校長職を退きし後、人材開発の仕事に情熱を傾ける友あり。

    皿倉に夢語りてや秋深し

又、手に手を取りて幼稚園に通いし少女の訃報を聞きて

    手つなぎし少女は逝けり秋の空

小学校にて剣道を教え、学園劇「勧進帳」を演出せる師あり。吾を剣道部の先鋒に据え劇中富樫左衛門之丞の役を与えし師なり。教室にありては吾を代用教員として鍛えし異例なる人物なり。天皇より賜りし褒賞を喜ぶ。夫人の織りたる簾賀を添えて

    勲章に米寿祝ぎたり蔦簾


熊本にて幼年校同窓生に会う。戦中全身全霊を国に捧げし少年達の再会なり。惜しむらくは四十八期生第六訓育班の生徒監たりし近藤雅之(勇)先生既に薨りて天界に在り。心の励みを教えし師なり。

    天高し紅顔古希に鎮みをり


東京に到る。学生の昔時、小説「伊豆の踊り子」に因みて伊豆に旅せし乙女に会い、劇団四季「アスペクツ オブ ラブ」を観劇す。川端康成今は亡く、共に旅せし友も逝くあり。

    酔芙蓉ヴィーナスなりし頃のあり


東北新幹線に乗りて平泉に到る。金色堂傍ら句碑の前に立つ。奥の細道より

    五月雨の降り残してや光堂         芭蕉

藤原三代、義経、更には芭蕉を偲ぶ。時に蕉翁の雨天より落ち来たる。

    暮れの秋手向けの雨や光堂


盛岡を過ぎ、渋民に到る。啄木記念館を出でて公園歌碑に佇む。一握の砂より   

   やはらかに柳あをめる北上の
      岸辺目に見ゆ泣けとごとくに  石川啄木

啄木の北上への思いに涙して

   北上や岸辺なごみて草紅葉