『ウラルの彼方 道遠く』@
一私の終戦実録−
1等陸佐 松 本 佶
(幹部学校 研究部長)
今から考えて、余り楽しくない想い出の第1ページは北朝鮮
の咸興から始まる。終戦の年の春、入間の陸軍航空士官学校を
卒業した私たち約100名は、逐次空襲の激しくなった内地を追
われるように後にして、朝鮮咸鏡北道連浦面という片田舎の
戦闘教育飛行隊に赴任した。
ここで、私たちは乏しい燃料と飛行機を掻き集めて、いつ、戦力
になるという当てもないまま、細々とした訓練を続けていた。
このころ、金日成が近在に潜入したという情報も流れ、北鮮のこの
一角も不穏な空気が流れ始めた。やがて、内地の戦局、日々に切迫し、
広島、長崎の悲報が伝えられ、8月9日、ソ連の理不尽な参戦
を迎えるに至った。断片的ではあるが、国境正面の激戦の模様が伝わっ
てきた。
私たちは、4月着隊以来,ひたすらパイロットとしての訓練に
専念して来たが、飛行機、燃料その他の資器材の極端な欠乏から、さっ
ぱり成果は上がっていない。このような状況で戦闘機操縦者として働けるのは、
いつのことになるか、とても見通しは立たない。200キロ足ら
ずの陸続きのところでは連日、死闘が繰り返されている。私たちは、お先真っ
暗の飛行機乗りを夢みて安閑としていていいのだろうか。
いても、立ってもいられない気特になって、血の気の多い連中が連れだっ
て、部隊長官舎に押しかけた。
『部隊長殿、夜分、失礼とは存じましたが、お願いがあって参りま
した』『突然、なんだ?』『いよいよ、ソ連が参戦し、国境正面では
激戦が繰り返されていると聞きました。そこで、皆で相談したのです
が、私たち、今まで、戦闘パイロットとして教育を受けてきましたが、
まだ飛行時間も百時間そこそこで、いつになったら戦力になるのか全
然見通しがありません。中練でも高練でも結構です。特攻隊を編成し
て頂けるなら、敵艦でも戦車にでも、ぶつかることが出来ます。身近
に迫った戦争の火の手を感じては、とてもこのままにしては、おられ
ません。特攻が駄目なら、第一線の歩兵の小隊長でも分隊長でも構い
ません。なんとか、第一線に出して下さい』
黙って、私たちの言い分を聞いていた部隊長は、おもむろに腕組み
を解きながら、煙草に火をつけた。
『貴公らの気持も、言うことも、よくわかる。第一線に馳せ参じたい
気持は俺とて一緒だ。しかし、ソ連が参戦したというだけで、詳しい
状況は何も判っておらん。第五航軍からの命令も、何も貰っていない。
命令がない以上どうすることも出来ないし、君たちを、いきなり、戦
火の中に放り込む権限は俺にはない。それに貴公たちは飛行時間こそ
少ないが大事な航空戦力再建の潜在力だ。状況が変わって斬り込みを
やらにやならん時になったら、俺が先頭に立ってゆく。
まあ、今日のところは、もう少し状況のハツキリするまで待て。そ
れよりどんなことになっても、まごつかぬよう、身辺の整理をよくや
っておけ。皆にも、よく伝えて呉れ』
血気と焦躁心だけでは、どうにもならない。いきり立ってやっては
来たものの、部隊長との一問一答のうちに『まあ、もう少し、考えて
みよう』という気におさまって、皆、引き揚げることにした。
『おい、皆、帰られるぞ!』
おやじの怒鳴る声に、新婚、間もない部隊長夫人が、もんぺ姿で顔
を出した。襖の向うは、整理中だったのだろう、部屋いっぱいに衣類
が拡げられていた。(ちなみに、当時、私たち20歳前後、部隊長30歳
前の少佐)
終戦の日は思いがけない形でやって来た。玉音放送があるというの
で,本部前に整列して待ったが、雑音がひどく、ほとんど、聞きとれ
なかった。それでも、始めて耳にする陛下の1オクターブ高い生の御
声の沈鬱な響きに、これは、容易ならぬ事態が発生したのに違いない
ということが認識された。
『一体、どう、なるんだ。とにかく、なんとかして、内地に帰ろう。
そして再起を図ろう』
『どうせ、米軍に占領されたら、男と女に分けて、男は皆殺しにさ
れるという噂もあったじゃないか。内地に帰ってもどうなるか判った
ものじゃない。それに、どうして帰る?九七戦や高練じゃ日本海で
ポッシャンだし、船だって部隊の救難用のポンポンじゃ、磯伝いで
元山を抜けられればいいところだろう。それより、白頭山にでも籠
って、馬賊になって、最後の1人まで戦うんだ。』
侃々諤々、未経験の非常事態に際会して、若者たちの意見は、なか
なか、まとまらない。
そのうち、なんとなく、『慎重状況静観帰国再起組』と『白頭山籠
城断乎抗戦組』とに二分した。人数も、ほぼ半々に分かれた。
そのうち、隣の宜徳飛行場から重要戦略物資(興南の日豊工場で備
蓄されていた「重水」と「白金」という噂だった)を積んだ九七重が、
若干の病人を乗せて内地へ飛んだ。白頭山に籠るにしても、内地に帰
るにしても、状況が、さっぱりわからない。通信は杜絶しているし、
とにかく調べられるだけ調べようというので、2人の代表が、高練を引
っぱりだして状況偵察に飛んだ。
『元山の飛行場にはソ連機、港にはソ連艦船がいっぱいいて,何か
積み込んでいた』−着陸した2人は興奮気味に報告した。
『いずれにせよ、ソ連軍が元山を押さえている以上、南下して日本
へ帰ることは不可能だ。行動を起こすなら、早くした方がいい』
ということになり、白頭山組の主だった連中が部隊長のところへ、
膝づめ談判に押しかけた。しかし、勢よく、騒いではいるものの、
社会経験に乏しい坊ちゃん連中、1日食うのにどれだけの糧食がいる
のか、皆目、見当もつかない。
『配給は1日、2合5勺だろう。1升めしっていうけれど、1日、5合あ
ったら、なんとかなるんじゃなかろうか。50人で2斗5升、60日分で
150斗だ。味噌・醤油は2樽づつもあったらいいだろう。あと、塩と
砂糖は適当でよかんべ。無くなったら現地調達だ。航空加給食と酒
は、積めるだけ持っていこう。重機2挺、小銃30挺、拳銃20挺・・・
・・トラック2両ありゃ、いいな』といった具合で、極めて雑な要求
書を作って出かけた。 『そうか、貴公たち、やってくれるか。誰か,なんとかしな
いかなあと、思っていたところだ。俺も行きたいが、兵隊たちも、おることだし、
どうにもならない。一緒に行動できないのは残念だが、要るものは、何でも持っ
ていってくれ』この期に及んで、ハナシのワカル部隊長に変貌したM少佐の同
意を得て、龍城組の単細胞どもの意気は大いに上がった。
『少尉殿、白頭山に行かれるのですか?私たちも、連れて行って
下さい』少年飛行兵たちの間からも、何人かの同行中し出があった。
夜になって、どこからか『各隊ハ平壌二集結ヲシテ後命ヲ待テ』
という指示が伝わって来て、持ち切れない程の、非常糧食や缶詰な
どが渡されて行軍準備が始められた。
『白頭山は、どうなるんだ?』
『これは、兵隊たちのことだ。俺たちは予定どおり明朝出かけるぞ』
『それにしても変だ』
というので、再び代表者が、部隊長のところへ行った。先ほどは,極
めて物わかりの良かった部隊長が、今度は、さっぱり要領を得ない。
『命令が来たのですか?』
『ウン、いや、宣徳(同期の某少佐が部隊長をしていた)と連絡を
とったら、第五航軍司令部から指示があったというのだ』
『命令じゃないのですね。いずれにせよ、私たちは予定どおり……』
『いや、もうちょっと状況がハツキリするまで、行動を起こすのは
待て。俺が悪いようにはせん』
暗闇の中で、行軍準備を整えて待っていると『そのまま待機』『状
況は変わった。平壌行きは取り止め。元山に集結するかも知れない』
と伝えてきた。
『くそ! どうしたらいいんだい』
ヤケになって、携行食の牛缶をあけ、航空葡萄酒の栓を抜く連中も
出てきた。翌日、陸の師団参謀が来ているというので部隊長室へ呼ば
れた。
『お前たち,馬賊になるって? 冬の白頭山、知っているのか?
気温はどのくらいになる? 防寒服はどうする? 食糧は?』
『2ヵ月分の米を用意しました』
『馬鹿な。それっぽっちでどうなるものじゃない。冬の白頭山には
何もないんだぞ。それより、本当に冬籠りするつもりなら南鮮に行
け。秋風嶺附近がいい。気候も、それほど酷くはないし、食いもの
もある。民情も北よりは良いはずだ』
『参謀殿は、いろいろ、兵要地誌も研究しておられる。俺はお前
たちの計画に必ずしも賛成ではなかったが、参謀殿のご意見を参考
によく考えてみろ』状況不明で目まぐるしく推移する時の流れの中
で、相談相手もなく、いろいろ、決心の揺れ動く部隊長の気持ちも
わからないでもなく、もともと、別に深く研究したわけでもないし、
なんとなく馬賊、それなら白頭山、といった他愛のない発想が出だ
しだから、とくに反論する理屈も見当たらず、言われるままに引き
下がらざるを得なかった。
翌日になると、京城の第五航軍司令部から連絡機に乗った参謀が詔勅
を伝達に来た。『御聖旨は只今伝えたとおりである。当地には、一両日
中にソ連の軍使が来て、武装解除を受けることになるだろう。細部のこ
とは不明だが判明次第、別命される。くれぐれも軽挙を戒しめる』
『生意気だ。ソ連の回し者じゃないか? 白頭山行きの血祭り
にぶった切るかッ』
物騒なことを言う連中もいたが、大勢は徐々に激変する状況に
呑まれて初期の興奮も逐次冷却の方向に動いて行った。(切らな
くって良かった。いろいろ事情を聞いてみると、その参謀は、す
でに退職され、時々、お目にかかる、元空将U氏だったらしい)
そうこうしているとき、上級司令部の指示により現地人兵の除
隊が行われだした。兵隊の一部に動揺が起こり、数名の脱走兵が
出た。
脱走兵が出たりするのは『候補生(任官後も部隊長は依然、
こう呼んでいた。)たちが、白頭山籠城などと騒ぎ出すからだ。
爾後、勝手な行動は、俺が許さん』
激変する状況に、判断の拠りどころも定まらない、わが独立部
隊長は、前日までの態度を豹変させて私たちに当たり散らした。
続く