『ウラルの彼方 道遠く』F もどる
4月末のある朝、突然、ソ連兵数十名が来て、宿舎の出入口を
閉鎖して、徹底的な私物品などの一斉検索が行われた。そして、
刃物・薬品・手工具など、洗いざらい没収された。理由は、彼らが昔、
革命に立ち上ったとき、国家的行事の行われる日を期して、小武器
や手工具を隠し持って集まり、一斉蜂起した先例があるので、集団
生活をやっている者については、行事に先行して、非行を未然に防
止する意味で、身の回り品の取締りをやる。これは俘虜のみならず、一般の
組織体でも同じということで、この日のそれはメーデー準備の一行事であった。
このとき、それまで『スターリソ閣下の特別の思し召し』と恩に着せて、
携行させられていた軍刀についても、帰国まで預かると称して(もちろん、
返してはくれなかったが)皆、取り上げられてしまった。
検索で問題になったものに、戦友の遺骨とお守りがある。
『これは、なんだ?』『戦友の遺骨だ』『骨?そんなものを、なんで
持っているんだ?』『帰って、遣族に渡すのだ』『そんな必要はない。
何か禁制晶を隠しているに違いない』『・・・・・・・』
『この小さい袋はなんだ?』『お守りだ』『?』『この木の札が神様
の分身で、私の幸福を守ってくれるのだ』『?小さな字で書いてあ
るのは暗号に違いない。没収する』『・・・・・・・』
唯物史観の徹底した頭の悪い若いソ連兵を納得させるのは,
一苦労だった。また、ある女兵が、赤ふんどしを見つけて、欲しくて
しようがなさそうだった。『通訳、あの赤い布あとで黒パンを持って来
るから、譲ってくれるように話してちょうだい』『いいですよ。そんな
に気にいったら、持っていけといって下さい』喜んだ彼女は、その本来
の用途を知ることなく、早速、頭に巻きつけ、紐を結んで嬉々として
出ていった。
原野を覆っていた雪が消え始めると、待っていたように草木が一度
に芽をふき、短い春に追い立てられるように、あわただしい北国の農
作業が始まる。
計数に弱い警備兵の点呼に手こずりながら収容所の門を出てト
ボトボと里余の道を歩いて農場に到着する。農業技術員が待ち構
えていたように、木製のコンパスで、珍しく能率的に、1M×100Mの
地割りをして、一人一人に割当ててゆく。これを、鉄板に木の柄を
つけだけのシャベルで掘り起こしてゆくのが、ノルマである。そのあとに、
決められた間隔で馬鈴薯などを植えつけるわけである。
『ノルマだけやればよいのか?』
『そうだ。早くても、遅くても、これだけやればよい』
『よしやッ。やったれ!』
単純で疑うことを知らない、わが善良な同胞は、ムキになって、掘り返
し始める。隣の畑では、ドイツ人俘虜の一団が、空ろな眼を、
こちらに向けながら、ボッリボッリ、一日かかって、僅かな土地と取り組んでいた。
張り切った甲斐があって、昼前には大方耕し終わって、露助から『やはり、
日本人は違う。オーチェン・ハラショー』と煽てられ、『早く片付けて寝転がって
眺める大陸の空も乙なものじゃないか』などと悦入っていた。
翌日は、1M×150Mにノルマが増やされた。 『話が違うじゃないか』
『この国では、能力のある者が、その力を十分発揮しないのは、神聖
な労働の冒涜と考えられている』
しまったと思っても、あとの祭り。ブツブツ言いながら、かなり陽の高い
うちに耕してしまう。そうこうしているうちに、最後には250Mくらいに増や
される羽目になった。しかも、最初のところは、作為的に軟らかい耕し
易いところをやらせ、慣れるに従って3年くらい放置して、ガッチリ草の
根の張った輪作地を割当ててきた。ノルマは倍増し、土地は堅くな
る。疲労は累積してくる。にっちもさつちも行かなくなって、われわれが
四苦八苦しているころ、ドイツ人は、相変らずのスピードで、露助から
尻を追い立てられながらのんびり作業を続けている。その眼ざしには、
『それ,見たことか』と嘲笑の色が見えた。
政府の御用新聞上に、○○コルフォーズ250%ノルマ完遂!
××自治区では全官公職員・学生の英雄的努力により作業期
間の大幅切り上げに成功!等々と書き立てるころになると、私たちの
収容所でも、可働力の120%投入が連日となり、時に150%以上の
要求もくる。
不完全計画経済の辻褄合わせのためには、農民のアレコレを取り
上げていては、とても、ビャチレトカ(5ヵ年計画)の完遂は望めない。
私たちの所属していた地区の経済計画も、かなりの成果を挙げてい
たが、その皺寄せは個々のチョールヌイ・ラボーチ(労務者)の献
身を厳しく要求していた。
動あれは反作用のあるのは理の当然。エンドレスのノルマ倍増、
無限の国家要求、有限の労働力と個人の体力、これでは身体がい
くつあっても足りない。露を踏んで出で、星を仰いで帰る明け暮れの
連続に、良心的日本人の作業隊長丁少佐は、同胞の健康保全
と基本的人権の行使のため、敢然座り込みを指令した。
現場指導員の注進に、あわてた収容所長は地区唯一の官用馬
車に飛び乗って現場に急行した。
待ち構えていた現場の女性指導員は、自己の処置の正当性と、
日本人の反逆行為、なかんずくT少佐の反抗的言動をヒステリック
に訴えた。黙って紅聞いていた所長は、『わかりました。少佐殿、皆
を立たせて下さい。あなたたちの希望も、よく実情を調べて善処します。
とにかく、まず、皆に命令して、作業を再開して下さい』平素の彼らし
くもなく、極めて低姿勢で就労を懇願する。
『なんで、そんなにあわてるんですか? 日本人は今までの作業で
もご存知のとおり、納得すれば、積極的に仕事する。無理が重なっ
て窮地に立たなければ、こんなことはしない』
『わかっています。みなさんの気持もよくわかりますが、ここは、とにか
く立ち上って仕事を始めて欲しい』
『なんで!?』 『それは、あなたたちに言いたくないが、ソ同盟では
ストライキなど帝政の昔にはあったかも知れないが、共産体制の確立
した今日では、その必要は全然ない。従って座り込みなんか歴史上
の事柄としての認識しかない。革命以来数十年、そんなことはブルジ
ョア国で社会的ゆがみが原因で起こる運動で、この国ではあり得な
いことだと、皆、信じ切っている。それが、俘虜でさえやったとなると、
ほかへの影響が大変だ。とにかくソ同盟人も見ているのだから、立ち
上ってくれ。お願いする』
責任罰の波及を懸念してか、青くなって説明する所長の顔を立て
て、その場は一応収まった。
所長は早速、約束したとおり、収容所労働力の再検討を命じ、
猫の手も借りたい農繁期ではあったが、一日、所外作業を取り止め
て休ませてくれた。しかし、勇敢なリーダーT少佐に対しては『ソ同盟
職員ノ命令二反抗シ、怠業ヲ煽動シ、作業ノ放棄ヲ容認シタカド
ニヨリ、重営倉5日ニ処ス』と宣告した。そして、100グラムの黒パンと
水だけ与えられて、所内の営倉に拘束されることになった。
晩春雪融けの水が引くと、カマ河畔は一面の草原と化す。家畜の
飼料やマットの中身を確保するため、近在の余剰労働力を投入し
て刈り取りが始まる。場所によっては、野生の韮が群生する。これは、
サイロに塩漬けして、冬期の食料(人間の)にする。
減水した分流の向こうでは、女囚の一団が来て、初夏の陽ざしを
受け、溢れる生命力をギラつかせながら、同じような作業を続けていた。
ややあって、休憩時間になると、川岸に寄って来て、ワイワイ呼びか
けてきた。
中に激しいのが、バシヤ、バシヤ、水を掻き分けて来て前をまくり上
げ、『おい、日本人これを見ろ!』
こちらも、粗食と重労働の連続とはいえ、陽光のもと、抑えられた
青春は屈託を許さない。勇ましい一人が、ジャブジャブ出て行って
現物を確認しようとした。
双方,丁丁発止、火花を散らさんばかりに近づいて行った。そのうち、
対岸の応援席が乱れて、数名の者が飛び出して来て、一気にわが
勇者のところまで寄って来た。『エイ、タシチー!』(かついでしまえッ!)
哀れ、カマキリにつかまった雄バッタのように、手足をバタつかせていたが、
あっと言う間に対岸の人だかりの中に見えなくなった。息づまるような数
瞬、喧騒が断続した。
そのうち、ぐったりした若者を肩に、堂々たる女丈夫が水に入って来た。
『スパシーポ。ウジェ、ネ、ガジッツァー』
(有難う。もう役に立たない)
こちら側の中洲まで来て、ポイと放り出して行った。対岸に喚声が上
がった。見かねたのか、看守が近づいて、『ダバイ!ダバイ!』再び仕事